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- ※アーカー・フィラデルフィア社 Aker Philadelphia Shipyard, Inc. は、1998年から2000年にかけて、フィラデルフィア海軍造船所の第4・第5ドックおよびその隣接地域・水辺エリアを活用し、クヴァルネル・フィラデルフィア・シップヤード Kvaerner Philadelphia Shipyardとして設立された。当初はノルウェーの複合企業クヴァルネル Kvaernerの子会社でしたが、のちにアーカーがクヴァルネルを傘下に収めたことに伴い、アーカー・ヤード Aker Yardsの傘下に入った。同社はそののち、オスロ証券取引所に上場しています。一時期は、アーカーのほかの造船事業とは無関係な海洋エンジニアリング企業であるアーカー・ソリューションズ Aker Solutionsが過半数の株式を保有していたが、2015年にAkerは同造船所をフィリー・シップビルディング社 Philly Shipyard, Inc. という完全独立企業として分離・独立させた
- ※フィラデルフィアの造船所が2024年6月20日に発表した声明によると、規制当局の承認を経て、フィリー・シップヤードはノルウェーの親会社であるアーカーASA Aker ASAからハンファ・システムズ Hanwha Systemsとハンファ・オーシャン Hanwha Oceanに$100,000,000で買収されることになる。サウス・フィラデルフィアの造船所 South Philadelphia shipyardは、1996年に閉鎖された旧米海軍フィラデルフィア海軍造船所の跡地に建設されたもので、ジョーンズ法船舶 Jones Act ships-vessels(1920年に制定された、米国で建造され米国旗を掲げた船舶が米国内で物資を輸送することを義務付ける法律)の建造を専門としている。同造船所では2024年現在約1,500名の造船労働者が働いている
- ※フィラデルフィアの造船所を買収している韓国の複合企業のトップ幹部は、この造船所を1940年代の名声を取り戻すと約束した。“我々はフィラデルフィアに大規模な投資をするつもりだ”とハンファ・ディフェンスUSA Hanwha Defense USAの新CEOマイケル・スミス Michael Smith氏は語った。同造船所は現在、ジョーンズ法船の建造でおもに知られている。米国法では、国内海上貿易に従事する船舶は米国内で建造することが義務付けられている。同社によれば、同造船所はタンカーやコンテナ船など、国内で建造される最大の商用船の約50%を生産している
- ※2025年8月26日に韓国のハンファがPhilly Shipyardに$5,000,000,000を出資、社名をHanwha Philly Shipyardに改めることになったと発表
- ※ホワイト・ハウス行政管理予算局のラス・ヴォート局長 White House Office of Management and Budget Director Russ Voughtは2026年7月17日、ハンファ・フィラデルフィア造船所がトランプ政権の“ゴールデン・ドーム”構想を支援するため、米海軍向けに新たなミサイル射程計測船を建造すると発表した。“ゴールデン・ディフェンダー Golden Defender”と名付けられたこの船は、ハンファが米国海事局(U.S. Maritime Administration: MARAD)の訓練船向けに完成させつつある国家安全保障多目的艦艇の設計に基づいている。ハンファが船を建造し、TOTEサーヴィス TOTE Servicesが船舶建造マネージャーを務めると、ヴォート氏はペンシルヴェニア州フィラデルフィアの造船所で行われた式典で述べた。“この新造船は、アメリカの海上覇権回復という大統領の政策を支えるだけでなく、全米を防衛する大統領のゴールデン・ドーム・ミサイル防衛システムも支援する”とヴォート氏は述べた。““ゴールデン・ディフェンダー”はミサイル防衛局 Missile Defense Agencyの任務に貢献する。さらに、このプロジェクトは、ハンファが造船業をふたたび偉大なものにするという広範なヴィジョンの一環として、この造船所で行っているように、アメリカの造船所への外国直接投資を奨励するという大統領の政策にも合致する。”この新型艦は、ミサイル実験を追跡する老朽化したMARADの船舶、パシフィック・トラッカー Pacific Trackerとパシフィック・コレクター Pacific Collectorに取って代わることになる
↑Hanwa Philly Shipyard on July 16, 2025. USNI News Photo. Image courtesy of USNI news.

↑A ship under construction at graving dock at Philly Shipyard in Philadelphia, Pa. Philly Shipyard Photo. Image courtesy of USNI news.
- ※アラバマ・ドライ・ドック&シップビルディング社 Alabama Dry Dock & Shipbuilding Company: ADDSCOは、1917年1月にアラバマ鉄工所 Alabama Iron WorksのD. R. ダンラップ D. R. Dunlapとオリンジャー&ブルース・ドライ・ドック Ollinger & Bruce Dry Dockのジョージ H. ダンラップ George H. Dunlapによって設立された。両氏は自社を、木造船建造業者のモービル・マリン・ウェイズ Mobile Marine Ways、およびガルフ・シティ・ボイラー・ワークス Gulf City Boiler Worksとガルフ・ドライ・ドック Gulf Dry Dockというモービルのほか2社と合併させた。同社は終戦までに、3隻の掃海艇を含む計8隻の船舶を建造したほか、鋼鉄船建造会社であるモービル・シップビルディング Mobile Shipbuildingを設立した。戦間期には、造船所用地に出資していたテネシー・コール&アイアン社 Tennessee Coal & Iron向けを中心に、艀の主要な建造業者となった。第二次大戦中、ADDSCOは戦時緊急造船計画における最初の9つの造船所の一つに選ばれた。1941年には米国海事委員会から$19,000,000の資金提供を受けて4つの船台が建設され、そののち、T2型タンカーの建造を可能にするための造船能力拡大計画(第3次拡張)において、さらに8つの船台が追加された。従業員数はピーク時に約18,500人に達し、そのうち約6,000人がアフリカ系アメリカ人だった。戦後は艀の建造に戻る一方で、船舶修理事業も展開した。1980年には2社体制へと再編され、新造船部門はアラバマ・マリタイム社 Alabama Maritime Corporationとして新たな船体番号体系で業務を行い、船舶修理部門は元の社名の下で運営された。そののち1989年にアトランティック・マリン・ホールディングス Atlantic Marine Holdingsへ売却され、新造船部門はアラバマ・シップヤード Alabama Shipyard、修理部門はアトランティック・マリン・モービル Atlantic Marine Mobileとなった。2006年にはさらなる変化があり、JFLパートナーズ JFL Partners, Inc.(元海軍長官ジョン・レーマン SECNAV John Lehmanが率いる企業)に売却されたが、同社は4年間保有したのみで、2010年にBAEシステムズ BAE Systemsへ売却した。しかし、BAEの所有下で業績は悪化し、2018年にはヒューストンを拠点とする海洋建設・解体会社エピック・カンパニーズLLC Epic Companies, LLCの子会社であるエピック・アラバマ・シップヤードLLC Epic Alabama Shipyard, LLCにふたたび売却された。Googleマップでの造船所の航空写真はこちら
※アルビナ・エンジン&マシーン・ワークス社 Albina Engine & Machine Works, Inc. は、1904年にスコットランド人のウィリアム・コーンフット William Cornfootによって修理工場として設立された。戦間の低迷期を生き抜き、第二次大戦では繁栄したが、戦後は弱体化した。1971年頃にディリンガム社 Dillingham Corp. に売却され、ディリンガム造船所 Dillingham Ship Repairとなった。1986年にディリンガム社が清算されると、造船所部門はカスケード・ジェネラル社 Cascade Generalとなったが、スワン・アイランド造船所 Swan Island shipyardに活動を集中させ、ポートランド Portlandのアルビナ地区 Albina section、フリーモント・ブリッジ Fremont Bridgeの上流、N. リヴァー・ストリート N. River Streetにあったオリジナルのアルビナ造船所 アルビナ造船所を閉鎖。その様子は、こちらのGoogleで上空から見ることができる
- ※アメリカ・ブリッジ Amrican Bridgeは1900年に設立。1987年に切り離されるまで、ユナイテッド・ステーツ・スチール United States Steelの子会社だった。第一次大戦に、ホグ・アイランド Hog Islandのマーチャント・シップビルディング&サブマリーン・ボート社 Merchant Shipbuilding & Submarine Boatで建造されていた戦時標準船の船体部分を下請け建造。1942年には、海軍が$9,000,000を拡張のために投資した時には、会社のピッツバーグ造船所は陸軍の艀を建造していた。戦車揚陸艦(LST)に加えて、43隻の航空母艦および81隻の貨物船のためのコンポーネントを建造。戦争後は、1981年に閉鎖されるまで内陸用の艀を建造することに戻っていた
- ※オーストラルUSA Austal USAは、オーストラリアのボート製造業者であるオーストラル Austalとベンダー・シップビルディング社 Bender Shipbuildingのオーナーであるトム・ベンダー Tom Benderの合弁企業として2000年に設立。オーストラルは2006年9月にベンダーを買収。造船所は、州間道10号線 I-10トンネルの近くに位置するアラバマ州 State of Alabamaのモービル Mobileのピント・アイランド Pinto Islandに新施設を建設。元あった造船所は、バンクヘッド Bankheadトンネルのすぐ北にある白い建物。最初の拡張は2つのトンネルの間の建物だった。ダンラップ Dunlapとアラバマ・ドライドック&シップビルディング社(ADDSCO: Alabama Drydock and Shipbuilding Company)の角の南東に大きな工場もある
- ※2022年4月12日にオーストラルUSAは、総面積117,000平方フィートの鋼船建造施設を新設、200名ほどのゲストを迎えて開所式を実施した。このほか、60,000平方フィートの鋼材ストックヤードや、19,500平方フィートの塗装・ブラスト処理施設2セルなどを備える
- ※2023年2月にオーストラルUSAが、サン・ディエゴ海軍基地に隣接する場所に、艦艇造修施設を新規開設した。小型の水上戦闘艦や USV、補助艦を扱う
- ※オースタルUSAは、最新の誘導ミサイル駆逐艦サイズまでの鋼船建造能力を増強するための造船所拡張を発表した。192,000平方フィート、3ベイの建物を追加する新しい鉄鋼施設の建設は、2024年の夏に開始される予定である。この建物は、オースタルUSAが最近購入したモービルの旧アラバマ造船所跡地の4.5エーカーの土地に建設される。完成すれば、モービル造船所は180エーカーの敷地に1,500,000平方フィート以上の製造スペースを持つことになる。計画管理は Pearlson & Pearlson, Inc. で設計・施工は Kiewit Infrastructure South Co. が担当
- ※オースタルUSAは、2024年7月9日に計画していた最終鉄骨組立施設の起工式を行ったと発表した。この建物とウォーターフロントのサポート・エリアには、新しい組立棟、新しい船舶リフトシステム、ウォーターフロントの改良が含まれる予定であると、同社はリリースで述べた。オースタルは2026年夏までに完成すると予測している。USNIニュースが以前報じたところによると、この施設はどる$250,000,000ドルかかると推定され、18,000tの移動が可能なパールソン&パールソン社 Pearlson & Pearlson, Inc. のシップリフトプラットフォームが含まれる
- ※2024年9月13日の規制当局への提出書類によると、オースタルUSAはジェネラル・エレクトリック・エレクトリック・ボート General Dynamics Electric Boatから、潜水艦のモジュール製造設備を増強するための$450,000,000の契約を受注した。ディストリクト・オブ・コロンビア級を年間1隻、ヴァージニア級を年間2隻ずつ建造する能力を確保するのが目的で、新しい建造建屋は2026年に竣工の予定
- ※2024年9月20日にAustal USA, LLCは潜水艦建造基盤(Submarine Industrial Base: SIB)拡張工事を$151,999,986で(N00024-24-C-2134、1、2)
- ※Austal USAは2024年10月23日に、潜水艦のモジュール建造施設(MMF3)について建設工事を開始した。2026年末に実働可能とする予定。面積は369,600平方フィート
- ※オーストラリアの造船会社Austalは2026年8月11日の朝(オーストラリア時間)、規制当局への提出書類において、韓国の造船会社Hanwhaから同社の米国子会社に対して$1,000,000,000の買収提案があったことを明らかにした。 また、オースタルはオーストラリア証券取引所への発表の中で、業績予想を修正した。当初は$77,600,000($豪110,000,000)の利益を見込んでいたが、これを$79,730,000($豪113,000,000)の赤字へと変更した。この修正は、アラバマ州モービルにある造船所での契約上の遅延や問題(米海軍のナヴァホ級救難艦(曳船型、T-ATS)、中型浮きドック(非自走)(AFDM)、および汎用揚陸艇LCU-1700プログラムに関連するもの)に伴う会計上の事象を受けたもの

↑Austal USA Image. Image courtesy of USNI news.


'It's Never Going to Be Easy' 2024年10月14日のUSNI newsの記事より
※エイヴォンデール造船所 Avondale Shipyardsは、1938年にニュー・オーリンズ New Orleansのミシシッピ川 Mississippi river西岸にあるエイヴォンデール・マリン・ウェイズ Avondale Marine Waysとして設立。設立時のオーナーはジェームズ・ヴィアヴァント James Viavant、ハリー・コック Harry Koch、ペリー・エリス Perry Ellisだった。当初、造船所は艀と何隻の曳船を建造するも戦争の始まった時、拡大されて海事委員会のための大型曳船と小型貨物船を建造。第二次大戦後、現在の場所に拡大し、ハーヴェイ運河 Harvey Canalの修理用造船所建設も行う。1959年5月に、設立時のオーナーはオグデン社 Ogden Corporationに1,400万ドルで売却、1960年7月1日現在、エイヴォンデール造船所社 Avondale Shipyards, Inc. となる。1985年に、オグデン社は他の多くのオグデン・グループの利益とともに、Connell PartnershipというESOPに売却。グループ名はエイヴォンデール・インダストリーズ Avondale Industriesと改名。1987年に造船所はエイヴォンデール・インダストリーズ・グループから分割。新会社はそののち、1999年にリットン・インダストリーズ Litton Industriesに買収され、リットン・シップ・システムズ・エイヴォンデール・オペレーション Litton Ship Systems, Avtonale Operationsになるまで公開取引された。リットンは2001年にノースロップ・グラマン Northrop Grummanに買収され、エイヴォンデールはインガルス Ingallsと統合され、正式にノースロップ・グラマン・シップ・システムズ・エイヴォンデール・オペレーション Northrop Grumman Ship Systems, Avondale Operationsとして知られるようになった。2008年1月にノースロップ・グラマン・シップ・システムズはノースロップ・グラマン造船所 Northrop Grumman Shipbuildingの一環としてニューポート・ニューズ Newport Newsと統合。2010年7月にノースロップ・グラマンは、2013年後半に予定されていたドック型輸送揚陸艦[ドック型揚陸輸送艦]サマーセット Somerset(LPD-25)を建造したのち、エイヴォンデールを閉鎖する意向を発表した。2011年にノースロップ・グラマン造船所はハンティントン・インガルス・インダストリーズ Huntington Ingalls Industries(HII)として設立、2013年10月にはドック型輸送揚陸艦[ドック型揚陸輸送艦]サマーセット(LPD-25)が納入され、造船所はエイヴォンデール・エンジニアリング&コンストラクション Avondale Engineering and Constructionと改名。HIIは商業的で非海洋的な仕事を探している。現在の位置はリンク先。2018年にヴァージニア州 Commonwealth of Virginiaのノーフォーク Norfolkの港湾オペレーターT. Parker Hostと産業施設の再開発を手がけているシカゴ ChicagoのHilco Redevelopment Partnersのジョイント・ヴェンチャーであるエイヴォンデール・マリーン Avondale Marineに売却
※長年にわたり、エイヴォンデールはいくつかの小さな造船所も運営していた。ウェストウィーゴ Westwegoにある元の造船所、エイヴォンデール・マリン・ウェイは、1963年に閉鎖されたが、1988年にエイヴォンデール・ボート部門 Avondale Boats Divisionとして再開されるも小型船舶建造ではもはや活動していない。この造船所は、サフティクラフト Safticraftとも呼ばれ、商業用とレクリエーション用の両方で鋼製ランチの建造をしていた。1951年に販売。ハーヴェイ・クイック・リペア Harvey Quick Repairは、1994年にボリンジャー Bollingerに売却された。1987年にエイヴォンデールはルイジアナ州 State of LouisianaのAlgiersのトッド造船所修理造船所 Todd Shipyards' repair yardを手に入れ、エイヴォンデール・シップ・リペア Avondale Ship Repairとして運営。2004年に閉鎖。バイユー・ブラック部門 Bayou Black Divisionと呼ばれる別の小さな造船所は、1960年代後半にルイジアナ州モーガン・シティ Morgan Cityに設立。1970年代中ごろにホヴァークラフト部門 Hovercraft Divisionは、1985年にミシシッピ州 State of Mississippiのガルフポート Gulfportに設立され、海軍向けのエア・クッション揚陸艇(LCAC)を建造。1993年に閉鎖。最後に、1990年にミシシッピ州のガルフポートに海軍向けの沿岸機雷掃討艇(MHC)建造施設を設立。のちにノースロップ・グラマン・コンポジット・マニュファクチャリング部門 Northrop Grumman's Composites Manufacturing Divisionとなり、2014年に閉鎖
※エイヴォンデールの総建造数は2,500隻に達したが、その生産量のほとんどは艀(1,000隻以上のLASH艀を含む)と小型船舶だった。ウェストウィーゴにあるエイヴォンデール・マリン・ウェイズによって造られたボートと艀は、メイン・ヤードと同じシリーズの番号が付けられていたが、1988年にエイヴォンデール・ボート部門 Avondale's Boats Divisionとして復活した時、そこで建造されたボートに新しい一連の番号が与えられた。最後に、エイヴォンデールが建造した艀のうち、驚くほど多くのものが登録されておらず、その結果、多くの空白がある
Update 26/08/16